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短編小説 – 光のダンス

短編小説 – 光のダンス

都会の喧騒を離れ、車を走らせること約三時間。
景色は灰色のアスファルトから、深い緑の山々と澄んだ青空へと変わっていた。

「こんな遠くまで来るなんて……久しぶり」

助手席のマイが、窓の外を眺めながら小さく笑った。

「まぁな。平日はお互い忙しいし、たまには思い切って遠出しないとさ」

ハンドルを握るユウトは、マイの穏やかな表情を見て口元を緩めた。
目的地は山奥を流れる一本の清流。地元の人でもあまり訪れない隠れた名所を、ユウトが見つけたのだ。車を止めてドアを開けると冷ややかで清らかな空気が流れ込んできた。川のせせらぎが耳に心地よく響く。
二人はサンダルに履き替え川辺へと降りていった。
水面は太陽の光を反射して、きらきらと輝いている。マイが恐る恐る足を入れてみると、思わず「つめたっ!」と声をあげた。

「ほら! ユウトも入ってみて。すごく気持ちいいから」

「待った、先に釣りの準備をしてからにするよ」

ユウトは持参した簡易的な釣竿を組み立て餌を仕掛ける。この澄んだ水なら魚もいるはずだ。

「釣れるかな?」

マイは水の中に足を入れたまま、ユウトが糸を垂らす様子を見つめていた。やがて、ツンツンと浮きが揺れる。

「あ、引いてる!」

ユウトが竿を上げると、小さな魚が体をくねらせながら釣り上がった。

「釣れたね!」

マイが嬉しそうに手を叩く。

「でも小さすぎるな」

釣れた魚の小ささに二人で笑い合い、すぐに「大きくなってね」と川に逃がしてやった。
その後は、ユウトも川に入り、二人で水をかけ合ったりして遊んだ。冷たい水が肌を刺激し、日頃の疲れが水に溶けて流れていくようだった。

お腹が空いてきたところで、ユウトは川原の平らな石の上に小さなバーベキューコンロを設置し火を起こす。パチパチと炭が爆ぜる音が聞こえ始めると、肉や野菜をのせた。香ばしい匂いが漂いだす。

「外で食べるご飯は特別だね」

マイがトングで肉を裏返しながら言う。

「焼くだけだけどな。このロケーションも最高のご馳走だよ」

ユウトが焼き上がった肉をマイのお皿に載せる。二人は川のせせらぎをBGMに、他愛のない雑談を交わしながら、ゆっくりと食事を楽しんだ。
仕事のことや最近観た映画のこと。普段の家での会話よりも、素直な気持ちで話せる気がした。お互いを急かすこともなく時間は穏やかに流れていく。

「今日はここに来てよかった。ずっとこうしていたい気分」

マイが目を細めて、木漏れ日を浴びる川面を見つめる。

「またいつでも来よう」

ユウトが答えると、マイは嬉しそうに頷いた。

午後を過ぎると、空の色が青から柔らかなオレンジ色へ、そして紫がかった深い紺色へと移り変わっていく。川から吹き抜ける風が少し肌寒く感じられるようになった。

「そろそろ、片付け始めようか」

「そうだね。暗くなると危ないし」

二人は協力して、ゴミをまとめ、荷物を車のトランクへと運び始めた。

「あー、楽しかった。でも、帰るとなるとちょっと寂しいな」

マイがトランクにクーラーボックスを積み込みながら、ぽつりと言った。

「また次の休みにどこか行けばいいさ」

ユウトが微笑みながら、折りたたみ椅子をトランクに収めた。あたりはすっかり夜の闇に包まれ、川のせせらぎだけが暗闇の中で静かに響いている。

「よし、これで全部積んだかな」

ユウトがトランクのハッチを閉めようとした、その時だった。

「……あれ? ユウト、見て」

マイが小さな声で囁いた。彼女は自分の右手を、胸の前にそっと差し出している。
その手のひらの上で、小さな、本当に小さな光が、ぽつり、ぽつりと、緑がかった黄色い光を放ちながら明滅していた。

「これ……蛍?」

ユウトは思わず声を潜めた。刺激しないように、静かにマイの隣に寄る。

「うん、きっとそう。すごく可愛い……」

その一匹の蛍は、マイの手のひらが気に入ったのか、しばらくそこで優しく光り続けていた。
やがて、ふわりと羽を広げると、静かに空中へと舞い上がった。その光の軌跡を追うように、二人は自然と蛍が飛んでいった方向――暗い川辺の方へと振り返った。
そして、息を呑んだ。

「……嘘でしょう……」

マイの口から、驚きと感動が混ざり合った吐息が漏れた。目の前の暗闇の中に、無数の光の粒が浮かんでいた。一匹、二匹ではない。何十、いや、何百という蛍たちが、川沿いの草むらや、水面の上を、まるで夜空の星をちりばめたかのように、きらびやかに舞い踊っているのだ。

静寂に包まれた夜の川辺で、それらの光は調和の取れたリズムで、ゆっくりと明滅を繰り返している。それは、まるで大自然が静かに呼吸をしているかのようだった。

「すごいね……こんなにたくさんいるなんて、思わなかった」

ユウトは隣に立つマイの手を、そっと握りしめた。マイもまた、その手を握り返す。
二人はただ、言葉を忘れてその光のダンスを見つめ続けた。
無数に瞬く蛍の光は、二人の横顔を優しく照らし出し、いつまでも彼らの記憶に深く刻み込まれていくのだった。

あとがき
蛍って幻想的でいいよねー。サバイバル小説の息抜きがてら、カキカキ……

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